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「益富城跡」から車で約30分、『松尾城跡(別名:小石原城)』に到着。
ここ東峰村小石原は、陶芸「小石原焼」で有名な町です。
若い時に何度か遊びに来たことがあるのですが、こんなに近くに黒田氏ゆかりの城があるとは思いませんでした。
この『松尾城』。
関ケ原の合戦の後、筑前国に入封した黒田長政が、本城である福岡城の防衛のために六つの出城を配置します。『黒田六端城』と呼ばれ、六つの城は全て本城・福岡城の東側に配置され、豊前国への構えとされています。
この黒田六端城の一つが「松尾城(別名:小石原城)」です。
*黒田六端城(筑前六端城)
松尾城(福岡県朝倉郡東峰村小石原)
益富城(福岡県嘉麻市中益)
黒崎城(福岡県北九州市八幡東区)
若松城(福岡県北九州市若松区)
鷹取山城(福岡県直方市永満寺)
麻底良城(福岡県朝倉市杷木志波)
地図で確認すると、見事なまでに福岡城の東側を、北から南に向けて真っすぐに六つの城が配置されているのが分かります。
松尾城は、黒田家重臣である中間(黒田)六郎右衛門が城主として城を守ります。
中間六郎右衛門は、豊前・一戸城の城主でしたが、豊臣秀吉の九州平定の際に黒田氏の入国に反対した豊前の土豪たちと共に、宇都宮氏を筆頭に反乱を起こします。
当初、中間六郎右衛門は反乱に加わっていましたが、やがて屈し豊前平定に貢献しました。豊臣軍の黒田官兵衛のために大いに働き、それ以降、黒田家の家臣となり黒田姓を授かるほどまでに厚い信頼を得ることになります。
豊前小倉藩との国境を守るための重要な出城である『松尾城』の城主に命じられたことも、信頼の厚さを伺えます。
さて、無事に大きな案内板を見逃すこともなく、
「松尾城」に到着。 この看板の入り口から入ると、奥には「旧小石原小学校」があり車を停めます。学校の校庭の脇から城跡へと登っていくようです。
城址入り口に案内板。
『福岡県指定史跡 松尾城跡』
では、登城開始します!
まずは、山道を登っていきます。
すると、何やら立っているのが見えます。
「黒田官兵衛」の旗。
風が強い日でしたので、左右に揺れ動いている旗を何度も撮影して、ようやく
「黒田官兵衛」の文字が確認できる写真が撮れました。
この旗から先の道が急な坂で、ドロドロの地面に滑りそうになりながら前進します。
そしてようやく山頂に到達。
すぐ目の前に、
立派な石垣が建ち並んでいます。
本丸跡へと進んでいくと、ここにも案内板。
『福岡県指定史跡 松尾城跡』
さらに進むと、
「本丸跡」に到着です。
『礎石建物跡』 (以下、原文)
地表面に規則的に並ぶ石は、建物の礎石として利用されていたものです。この建物は正面5間、側面3間の規模を有し、二つの部屋の西側に土間があり、北側に半間の下屋が取り付いていた様子が伺えます。主郭の上段にも正面5間、側面3間の建物礎石が残されていますが、一部が失われており、全体像ははっきりしません。
また、その東隣にある一間四方の建物礎石跡は、見張りに使用された望楼が建っていたと考えられます。発掘調査では、瓦は出土しませんでした。
『北側横矢跡』 (以下、原文)
現在地は、主郭北側城壁に造られた横矢跡です。横矢は、城壁に近づく敵を側面から攻撃するために、城壁に突き出しを石垣で造った部分です。主郭南側城壁にも横矢を見ることができます。
『畝状竪堀・堀切』 (以下、原文)
現在地から見える斜面には、垂直に堀と竪を連続して配置した畝状竪堀があります。敵の集団行動を防いだと思われます。主郭東側の尾根には、堀切と言われる尾根方向に直交して設けた堀があり、尾根から侵入する敵を防いだと考えられます。
なるほど~~~、とひとしきり頷いた後、本丸跡をくまなくウロウロと見学していると、石垣周辺の草刈りをしている年配の方がいらっしゃいました。
「こんにちは〜」と声をかけると、『どこから来たとね?』と年配の方。
「実家の北九州から宮崎に帰る途中に寄りましたー。」と答えると、
『ほぉ〜〜、こんなところまで来る人がおるとやねー。
それなら、綺麗に草刈りする意味もあるとやなーー』
と笑いながらおっしゃっていました。
地元の方々との、こんな出会いがたまらなく幸せです。
そして、ほんの少しだけですが草刈りをお手伝いして山を下りました。
山を降りた後、松尾城跡のある山の麓から城跡の遠景を撮影。
ふと左に目を移すと、
「旧小石原小学校」のようです。
写真を一枚パシャッと撮ってみました。アイフォンでアップにして見てみると、
何やら怪しげなものが写っていました・・・。(-_-;)
真ん中の窓のちょうど真ん中あたりに・・・。(-_-;)
興味のある方はアップにして見てみて下さい。
何が写っているのかはよく分かりませんが・・・。
なんとなくですが、可愛らしい・・・、、、。(-_-;)
急いで次の目的地『星隈城』に向かいます!!
腹水・胸水・腎臓病専門 漢方カウンセラー西山の『薬匠堂 歴史探訪記』
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