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伊集院氏と島津氏による『庄内の乱』の話に心を揺り動かされた私は、
伊集院氏の本城「都之城」を訪れた後、本城・都之城を守るために
家臣を配置した『十二外城』も全て制覇しようと思い立ちます。
先日、まず1城目として『日向山田城跡』を訪れました。
この日は、2城目『月山日和城(がっさんひわじょう)』に向かいます。
庄内十二外城
•月山日和城 宮崎県都城市高城町 (伊東氏支配時は、伊東氏八外城)
•山田城 宮崎県都城市山田町
•梅北城 宮崎県都城市梅北町
•志和池城 宮崎県都城市上水流町
•安永城 宮崎県都城市庄内町
•野々美谷城 宮崎県都城市野々美谷町 (伊東氏支配時は、伊東氏八外城)
•山之口城 宮崎県都城市山之口町 (伊東氏支配時は、伊東氏八外城)
•梶山城 宮崎県北諸県郡三股町 (伊東氏支配時は、伊東氏八外城)
•勝岡城 宮崎県北諸県郡三股町 (伊東氏支配時は、伊東氏八外城)
•財部城 鹿児島県曽於市財部町
•末吉城 鹿児島県曽於市末吉町
•恒吉城 鹿児島県曽於市大隅町
この日に訪れた『日和城』
私の中では、すでに「伊集院氏の城」という目線になってしまっているのですが、実際には多くの戦いの舞台となり、北郷氏や伊東氏などの諸氏も支配した城です。
伊東氏が支配していた時代、この日和城は『伊東氏八外城』としての中心本城になっており、その他に「山之口城、松尾城(三股城)、梶山城、勝岡城、小山城、 野々美谷城、下ノ城」が7つの支城となっていました。
伊東氏、北郷氏、伊集院氏と城主が変わりながらも、例によって元和元年の
一国一城令により廃城となっています。
全く迷うことなく月山日和城に到着し、駐車場に車を止めます。
駐車場内に案内板。
『島津発祥の地 都城』
よーーく見ると、日和城のことは全く説明されていません。(-_-;)
では、登城開始!
緩やかな坂道が続いています。
この上り坂を真っすぐ進み、道なりに右に曲がるとすぐに、
天守が見えてきます。 なんとも雰囲気のある石垣。
そして、天守の正面に向かう途中に案内板。
『日和城』
そして、立派な三層の模擬天守。
今は、「郷土資料館」になっています。
210円を払い郷土資料館に入館。
この日は日曜日でしたが、館内は私一人で貸し切り状態。(*^^*)
想像以上に、資料や展示品が多い館内。
『月山日和城の縄張り図』
7つの曲輪から成る日和城ですが、現在のここ日和城跡は「池の城」の部分に建てられています。意外にも広大な城郭面積でしたので驚きました。
このような展示もありました。
『伝 北郷忠相所用 鯨鰭南蛮銅具足 写し』
北郷忠相について (以下、原文)
都城島津家第8代北郷忠相は、文明19年(1487)に生まれました。7代島津数久の長男で、母は島津豊洲家季久の娘です。
北郷氏は、初代資忠が足利将軍家から現在の都城市西部にあたる北郷の地を与えられました。これを起点に、都城盆地に進出しようとしましたが、都城には多くの在地領主がいて、なかなか都城盆地全体を治めることができませんでした。
忠相は、北郷家の念願だった都城盆地の統一を成し遂げた人物です。忠相が、父の後を継いだ永正14年(1517)当時、北郷氏が治めていたのは、都城盆地の一部でした。周囲には、伊東氏・北原氏・新納氏という力のある武将がいて都城盆地への進出の機会をねらっていたのです。こうした状況の中で、忠相は島津本家と協力しながら、都城盆地の統一に乗り出し、大永~天文年間(1521~55)に周囲の領主たちと戦い、ついに都城盆地を平定しました。
忠相は、北郷家においては名君と伝えられる人物です。都城島津家の記録には、 「農業が忙しい時期には、農民をみだりに使わず、社寺を建てたり、困窮した人々を助けたりした。また、いくさに備えて、乗馬や戦術の訓練も欠かさなかった」と記されています。
天文7年(1538)、忠相は都城を長男忠親にゆずり、自分は高城(月山日和城)に移りました。以後、永禄2年(1559)11月16日に亡くなるまで、ここで過ごしています。忠相は死後、高城の高称寺に葬られ、石碑が龍峰寺に建てられました。
このように「北郷氏」に関する資料が多いところを見ると、やはりこの日和城は、北郷氏の居城として歴史観が強いようですね。事実、都城市に在住の私の友人も、「都城は北郷氏の支配という印象が強いんですよねーー」と言っています。
私の中では、伊集院氏への思い入れが強烈!
さて、最上階まで上り、まずはこれが、
正面側の写真。
そして、裏手は、
『忠霊塔』があります。
最後にもう一度、月山日和城・模擬天守の全景を一枚写真に収めて帰ることにします。模擬天守とはいえ、石垣も含めてまずまず良い雰囲気を醸し出している天守でした。
さて、『庄内十二外城』は残り10城とまだまだです。 頑張らねば!!
そういえば、『伊東氏八外城』制覇、という新たな目標も生まれた本日です。
腹水・胸水・腎臓病専門 漢方カウンセラー西山の『薬匠堂 歴史探訪記』
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